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カズの小説 紅の宇宙


 第1話(その3)


 「クレティナス艦隊が後退しつつあります。我が艦隊の勢いに押されたのでしょう」
 最初、帝国軍第三二艦隊の旗艦トラーナの艦橋に響いたのは下士官の楽観的な報告であった。艦隊司令官ヴァルソ・カルソリー中将は立ち上がると幕僚のエンリーク・ソロ准将の忠告も忘れて歓喜の声を上げた。
「よし!最後のとどめだ。艦隊を再編、凹陣形をとって敵を半包囲する。恒星アーメスに追い詰めて一隻も逃がすな」
 帝国軍は艦列を広げ、砲撃を中央部に位置するクレティナス艦隊に集中した。未だ、戦闘は帝国軍有利に推移している。しかし、エンリーク・ソロはそこに危険を感じていた。「敵が後退!何のために?まだ負けたわけではないだろう」
 艦橋を出て第二作戦司令室に自分の席を求めていたエンリーク・ソロは、あわててメインスクリーンを艦橋と同じ映像に切り替えた。彼は戦術上の後退がすなわち戦略上の敗北であるとの考えを持ってはいなかった。
「なるほど。アーメスの危険宙域限界まで後退するつもりか。こちらを誘っておいて、いよいよ反撃に出るつもりだな」
 エンリーク・ソロは千年帝国軍においてはめずらしい市民階級出身の将官である。まだ二七歳の若さで准将という階級にあったが、クレティナス王国と違って保守的な帝国においてはきわめて異例なことだった。それは、一重に彼の才幹によるものだったが、自尊心の強い彼の上官には認められていなかった。
 スクリーン上のクレティナス艦隊は恒星アーメスの核融合の発光と放射性ガスの反射光に包まれて肉眼では確認不能になっていた。レーダーでは動きを完全に捉えていたが、解析処理されたスクリーンの映像には何かしら不自然さが残るのをエンリークは感じた。
「来る!今見えているのは敵ではない。本体は違う場所だ」
 彼の脳裏を一つの予感が走った。クレティナス艦隊は危険宙域限界まで後退するのと同時にガス雲の中に姿を隠し、帝国艦隊が接近してきたところを一気に撃って出て中央を突破する。そして、帝国軍の背面で急速に反転すると、逆に帝国軍を恒星アーメスの空間歪みとエネルギー乱流の中に追い込んで壊滅させる。神将タイラーが到着するまでに戦いはクレティナス軍の勝利によって終わっている。
「まさかな、いくら名将でもそこまではできまい」
 エンリークは自分の発した言葉に対して疑問を抱いていた。彼は上官と違って敵を過大評価する癖があるといわれる。しかし、今回はそれが過大評価には思われなかった。
 想像と現実が一致することを彼が望んだわけではない。想像が想像のうちに終わることを彼は望んでいた。だが現実は、帝国軍にとって最悪の、クレティナス軍にとって最良の形で推移を始めていた。
 開戦後七五分、危険宙域に敵を追い詰めて包囲攻撃をしていたはずの帝国艦隊は、包囲のために広げて薄くなっていた艦列の一部に予想外の方向から砲撃を受け、一瞬のうちに陣を破られていた。クレティナス艦隊はガス雲を巧みに利用して場所を移動し、帝国軍の隙をついてきたのである。
 クレティナス軍はビームを拡散して反射する小型の衛星を前方に散布して、ビームによる拡散攻撃をしかけてきた。これは、重厚な陣形を破るには火力として足りないところがあったが、薄くなった艦列に多数の艦隊でやられたのなら、その破壊力は計り知れないもがあった。包囲を突破された帝国軍は混乱に陥いった。
「敵は何を考えている。中央突破だと。後退したのではなかったのか!」
 突入してくる敵に対してカルソリーの発した言葉は奇妙なものだった。艦橋の将兵達で頭をかしげた者は彼の影響を受けているせいか一人もいない。彼らは皆、クレティナス軍が後退したところですでに勝敗が決まったのだと信じきっていた。帝国軍でクレティナス軍の後退が擬態であることを読んでいたのは、唯一エンリーク・ソロだけだったのである。
「全艦、反転だ。反転して背後の敵を撃て」
 カルソリーの悲鳴にも似た叫び声が響いた。自信過剰な彼もさすがに事態の緊迫化に気付いていたのである。しかし、すべてが遅かった。
「今ごろ反転したところで敵のいい的になるだけじゃないか。前に逃げられないのなら横に逃げるとか、なんでかんでまた敵に正面から挑まなくてもいいものを」
 エンリークの言葉どおり、帝国軍の背後に出たクレティナス軍は反転する艦隊をいいように破壊していった。反撃できないのをいいことに一方的な攻撃が行なわれたのである。
 暗黒の空間を闇に代わって光の濁流が支配していた。飽和状態に達したエネルギーの渦が艦艇に襲いかかり、無限の虚空に弾き飛ばす。大宇宙の静寂は人間の作り出す不協和音のすべてを飲み込んだ。

 戦いの趨勢は完全にアルフリートの手ににぎられていた。すでに、帝国軍を突破したクレティナス軍は帝国軍の背後に大きく展開し、激しい一方的な攻撃を混乱に陥った艦隊に加えていた。
 宇宙を覆う破壊の閃光がアルフリートの燃える赤い髪を美しく彩った。彼の姿は、主君であるアスラール三世の華麗さには及ばないものの、戦場を翔めぐるその有様は、まるで天空を舞う美しき赤龍を想像させた。まさに「赤の飛龍」であった。
「全艦、主砲三連斉射」
 クレティナス軍の砲撃は正確に規則正しく行なわれた。一○隻ごとにわけられた小艦隊が一斉に一隻の艦艇をねらって主砲を斉射する。ただでさえ混乱に陥っているところに圧倒的なエネルギー量の攻撃を受けては無事なものはいない。帝国軍の艦艇は一瞬のうちに分子へと還元された。
「敵艦隊の一部が恒星アーメスの空間歪みにつかまったもよう」
「エネルギー乱流が激しくなっています。敵左翼艦隊、完全に乱流に巻き込まれました」「敵右翼艦隊、撤退を始めました」
「敵中央艦隊、我が軍に向かって突進してきます」
 旗艦「飛龍」の艦橋を情報士官達の声がとびかった。
「すでに勝利は確実ですが、まだ敵の中央艦隊がこちらに向かってくるようです。どう対処しますか」
 艦隊司令官付き幕僚ファン・ラープ准将が尋ねる。
「よし、敵艦隊の背後に見えるエネルギー乱流に反陽子ミサイルを数発撃ち込んでやれ。しばらくすれば、だまってくれるだろう」
 応えるとアルフリートは戦闘が一段落したといわんばかりに指揮官席に身をうずめた。
 数分後、「飛龍」から放たれた反陽子ミサイルは帝国軍の陣を破って、背後のエネルギー乱流に命中した。すると、飽和状態に達していたエネルギー乱流にガス雲と恒星アーメスの重力異常をともなって膨大な量のエネルギー爆発を引き起こした。一○○隻前後の艦隊を一瞬にして原子崩壊させるだけの爆発である。帝国艦隊は残った艦の半数をここで失うことになった。
「敵艦隊、戦場を離脱していきます。追撃なさいますか」
「いや、いい。我々もこれ以上戦っている時間の余裕はない」
「飛龍」の艦橋は安堵と勝利の笑いに満ちていた。五○○隻の艦隊で六○○隻の艦隊に圧勝したのだ。
 しかし、まだ本来の目的である要塞「バルディアスの門」の攻略に成功したわけではなかった。相手には未だ戦場での敗北を知らない男がいるのである。
「天頂方向430光秒に艦隊反応。数はおよそ……え!数はおよそ一四○○隻」
 レーダーを監視していた情報士官の声が震えた。艦橋を一瞬の沈黙が支配する。
「なんだって、一四○○隻の艦隊だって」
 楽天家のファン・ラープもさすがに叫んだ。クレティナス軍の数は戦闘で破壊された艦を除いて四五○隻、しかも一回の戦闘を終えたばかりである。
「どうなさいます、閣下」
 幕僚たちの視線が一斉に若き司令官に注がれた。
「仕方ない。退却する。現有戦力だけではあの数の敵には勝てない」
 アルフリートは唇を噛んだ。帝国軍の数は予想外のものであった。いままでのクレティナス側の情報では「バルディアスの門」に駐留する帝国艦隊の数は六○○隻前後、およそ一個艦隊と言われていた。アルフリートは、艦隊が帝国軍の第一陣と接触した時点で、すでにユークリッド・タイラーの本体が別にあることを予測していたが、その数はおおよそ一個艦隊ぐらいであろうと踏んでいたのである。ところが彼の予想に反して、実際の敵は一四○○隻を越える大艦隊であった。
「なるほど、もう少し遅かったら、こちらが逆に包囲されて殲滅させられていたということか。命拾いしたようだ」
「しかし、このベルブロンツァでは勝利を収めました。それで結構じゃないですか」
 ファン・ラープは不満の残るアルフリートをうながすように言った。
「ああ、こうむった損害ではこちらの方がきわめて少なかった。それだけのことさ。未だに敵の要塞は無傷のまま残っているし、ユークリッド・タイラーは生きている。今回の戦いは、戦略的にはまったく意味がないものだった。」
 アルフリートはぼんやりと次第に離れていくベルブロンツァ恒星系を眺めやった。そして、シートを倒して横になるとまぶたを閉じて呟いた。
「終わったな」
「ええ」
 ファン・ラープも短く応えて遠ざかる星の海に視線を向けた。
「さあ、帰りましょう。愛する恋人と美しいご婦人方が待つ我らが故郷へ」

 クレティナス軍が本国へ帰還していったのと同じ頃、ユークリッド・タイラー率いる第七、第一九の二艦隊がベルブロンツァに到着していた。戦場はクレティナス軍によって破壊された帝国艦隊の残骸で満ちあふれていた。宇宙服を着ずに宇宙に放り出された将兵たちの屍がまだ残るエネルギー乱流の流れに乗って漂っていた。
 タイラーが到着したとき、敗戦の責任者であるはずのヴァルソ・カルソリー中将はすでにかえらぬ人になっていた。クレティナス軍との戦闘で旗艦トラーナの艦橋に直撃を受けて深手を負っていたのである。タイラーの到着する二○分前にカルソリーは息をひきとっていた。第三二艦隊の首脳部で生き残ったのは、その時第二作戦司令室にいたエンリーク・ソロ准将一人であった。
「申し訳ないことだが、敗戦の責任を君にとってもらわなければならなくなった。生き残った将官の中で君が一番階級が上だ、エンリーク・ソロ准将」
 通信パネルの画面を通して千年帝国バルディアス方面軍総司令官ユークリッド・タイラー大将がため息まじりに語った。
「私の努力が足りないばかりに、司令官を死なせてしまいました。謹んでお受けします」「すまない」
 帝国最高の名将は目を閉じた。彼の言葉にはエンリークに対する詫びの心情が強く現われていた。
「一つ聞きたいが、最期にカルソリーは私のことを何か言っていたかね」
「いえ、一言も。ただ自分の器はこんなものだったのかと嘆いておりました」
「そうか、ありがとう。……君のことはいずれ軍法会議の沙汰を待って報告する」
 神将タイラーはエンリーク・ソロを見つめて一瞬沈黙すると、通信パネルの前から姿を消した。
 一人の若い有能な将官が、敗戦の責任を負わされることになった。千年帝国において敗戦は決して許されることのない罪であった。責任者は重い場合で死罪、軽い場合でも降格されるのが必至であった。エンリーク・ソロに課せられた罰は、責任者の代理ということで本来よりも軽減されたものでったが、一ヵ月の謹慎と大佐への降格という厳しいものであった。

 こうして標準暦一五六二年八月の「ベルブロンツァ会戦」は幕を閉じた。クレティナス軍、千年帝国軍、双方にとって決して満足できる結果ではなかった。クレティナス軍の損害は艦艇五○隻、将兵一万三千人に対して、帝国軍は実に艦艇五二○隻、将兵一一万八千人の戦力を失うことになった。しかし、クレティナス軍は本来の目的である要塞攻略に成功しないまま退却している。戦略的な意味での勝敗は未だ決していなかった。




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