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カズの小説 紅の宇宙


 第4話(その3)


 バルディアス会戦の第一段階は、クレティナス軍の主導のもと膠着した長距離砲戦が繰り広げられた。第二段階は、帝国軍の別働隊によるクレティナス軍の挟撃作戦が成功し、一方的な殲滅戦が行なわれた。そして、第三段階は、一○○○隻を超える艦隊どうしの激戦となった。アルフリートはもう敵に策を使わせまいと激しい攻撃を望み、タイラーも早期に決着をつけようと速戦を望んだ。
 両軍は前進を始め、距離を縮めると、互いに長射程の核融合弾と長距離ビームを撃ちあう砲雷撃戦に突入した。
「あと三○分か。そろそろ、あれがバルディアス付近にワープアウトしてもおかしくない時間だ。決着をつけるぞ」
 アルフリートは、ゆっくりと肩の高さにまであげた右手を、一瞬にして正面に振りかざし声をあげた。
「撃て!」
 それと時を同じくしてタイラーも叫んでいた。
「撃て!まだ、敵は他にもいるはずだ。油断するな」
 同じ言葉を発しながら、両者の胸中は数千光年ほどの開きがあった。
 アルフリートはこの時、すでに戦いの勝利を確信し、タイラーは先刻の挟撃が結果的に失敗したことで、勝利の可能性の激減を感じていたのである。
 戦いは熾烈を極めた。とても三○分で終わるような戦闘ではない。両軍の距離はすでになく、互いに繰り出す砲撃は互いの艦を直撃した。ビームとミサイルが交錯し、鮮烈な光をあげる。宇宙母艦の艦載機は、飛び立つ前に母艦に直撃を受け、大宇宙の広大さを知らずに消滅した。
「死にたくない。お母さん」
 徴兵された未成年の兵士は、機関部の爆発で吹き飛ばされた片腕を見つめて、悲鳴をあげた。ある者は母を呼び、ある者は妻子の名を叫んだ。破れた装甲から空気が漏れて艦の気圧が低下し、まだ無事な兵士たちが艦外に吸い出される。宇宙に閃光があがるたびに、幾人かの生命が失われていく。戦場は際限なく貪欲に、戦いの理由さえ知らぬ将兵たちの血を求めた。暗黒の空間には、肉塊のこびりつく戦艦の残骸が散乱し、エネルギーの過度な放出でつくられた宇宙気流に乗って、ゆっくりとバルディアス星系の太陽に流されていった。
「人の生命を無駄にするとは、私は司令官として失格だな」
 タイラーは副官のアイスマン大佐を前にして自嘲ぎみにこぼした。
「一人として、無駄にしていい生命など、この世に存在しない。俺は大量殺人者だ」
 アルフリートも首席幕僚のファン・ラープを前にして呟いていた。
 戦争は無情である。両軍の二人の司令官、アルフリート・クラインもユークリッド・タイラーもそれを知っていた。だが、それを知りながらも二人は戦いを止めなかった。
 バルディアス会戦、第三段階は戦略も戦術もない大消耗戦だった。

 ……そして、最終段階が訪れた。
 標準時間一八時三九分、帝国軍のバルディアス周辺に設置した索敵衛星が、一つの通信を送って消息を絶った。
「バルディアス周辺域、ポイントX630、Y428、Z510に時空歪み発生。何かがワープアウトしてきます」
「もっと詳しく報告しろ」
「直径二○キロ。質量一兆トン以上。天体規模の物体です」
「ん……?一ヶ所ではありません。一つ、二つ、三つ。三ヶ所同時に天体出現!」
「進路予測、天体は『バルディアスの門』に直撃するコースをとって移動しているもよう。あと一時間四○分で衝突します」
 帝国軍総旗艦ビルスクニールの艦橋をあわただしい空気が支配していた。現場責任者たちの怒声が飛び交い、情報士官たちの両手がコンソールの上を激しく動き回る。神将タイラーを始めとする帝国軍の幹部たちは声を失ったまま、それらの姿を眺めていた。
「クレティナス軍がねらっていたのは、これだったのか。奴らは小惑星を衝突させて、バルディアス自体を破壊するつもりだったんだ。占領なんて生易しいものじゃない」
 他の幹部等とともに艦橋にのぼっていた艦隊幕僚補佐エンリーク・ソロ大佐は、独り言にしては大きすぎる声で呟いた。
「半端なまねはしないということか」
 タイラーの口調は苦々しい。用心はしていた。要塞周辺に一万個の索敵衛星を配置し、何かあった場合いつでも要塞に戻れる位置に布陣していた。だが、敵は彼の想像の及びもつかなかった攻撃を仕掛けて来たのだった。
「なんとか小惑星を止めることはできないのか」
 普段はタイラー以上に冷静沈着なアイスマン大佐も、平静でいられず声を荒げた。
「不可能です。計算では、あと一五分ほどで慣性運動に入ります。推進装置を破壊しても小惑星は止まりません」
「方向をそらすこともできんのか」
「ここから一五分以内にあれまで届く船などありません」
 情報士官が必死にデータを解析し、打開策を求めたが、よい方法はなかった。
 三個の小惑星の出現は、混戦の続く状況の中で、クレティナス軍の士気を高めるものとなった。彼らは勝利を確信し、その攻勢は一気に激しくなった。各地点での戦闘は次第にクレティナス軍の優勢に変わり、帝国軍は艦列を乱して守勢に回らざるを得なくなる。
「司令官閣下、どうされるつもりですか?」
「司令官!」
「タイラー提督!」
 幹部たちの視線はすべて神将タイラーに注がれた。
 苦痛に満ちた紫水晶色の瞳を閉じて、タイラーは決断するしかなかった。
「できるだけ多くの兵士を助けなければならない。私は皇帝陛下の臣下ではあるが、その前に、君たち将兵たちの司令官でありたいと思っている。国も大切だが、それを支える多くの人たちの生命に代えることはできない。……ただちに撤退し、要塞の将兵たちを救う。一時間以内にバルディアスに到着せよ」
 宇宙要塞「バルディアスの門」には、艦隊の将兵以外に要塞防衛にあたる兵士が四○万人もいた。タイラーは、彼らの生命を無為に奪ってしまうほど、太い神経を持ち合わせてはいない。彼が通常の軍人と違って評価できたのは、その戦術や戦略以上に、人の生命の大切さを知っていることだった。
「タイラー提督!……しかし、このまま無為無策のまま陣を退くのであれば、この艦隊自体が壊滅しかねません。小官に艦を一○○隻ほどお貸しください。閣下が撤退する時間だけでも、ここで敵の攻勢を防いでみせます」
 言ったのはエンリーク・ソロだった。彼はベルブロンツァ会戦で唯一、生き残った第三二艦隊の幹部なのである。もう二度と同じことは繰り返したくなかったのだ。
「エンリーク……」
「お任せ下さい」
 エンリーク・ソロの熱意ある瞳がタイラーを見つめた。
「わかった。承知しよう」
 しばらく考えて、タイラーはうなずいていた。
 この志願は明らかに死を覚悟したものだった。それにもかかわらず、エンリークに同調し、彼の指揮のもとクレティナス軍と戦うと言った者は多かった。帝国軍のほとんどが彼に同調したといっても過言ではない。
 エンリークに与えられた艦は、どれも重装甲の戦艦で、正確には一一三隻が参加していた。兵士数はおよそ一万二○○○人。皆、決死の覚悟を持っていた。
「エンリーク大佐、死ぬな。生きて帰ってこいよ」
 タイラーの最後の言葉を受けて、エンリーク・ソロの分艦隊はクレティナス艦隊一○○○隻に挑むことになった。
「帝国艦隊、後退します」
「ベルソリック提督より入電。小惑星が慣性運動に突入した模様、あと九○分でバルディアスに衝突します」
「ブラゼッティ、グエンカラー両提督からも同様の報告が入っています」
 クレティナス軍の勝利は確実のものとなった。総旗艦「飛龍」にもたらされる報告は、どれも彼らに有利を伝えるものだった。
 だが、たった一一三隻の帝国艦隊が、クレティナス軍の最後の勝利を邪魔するかのように彼らの前に立ちはだかった。
「敵もよくやるな。あれはタイラーではないようだが」
「帝国軍がタイラーだけだと思うのは、誤った認識でしょう。名将という者は、数多く存在するものですから」
「迷将の間違いじゃないのか」
「この艦隊を背後から襲ったラルツ中将という人もいたではないですか」
「そうだな」
 ファン・ラープの言葉にアルフリートはうなずいた。
 第四四艦隊と第四九艦隊からなるクレティナス艦隊は、艦列を整え、陣形を凹形陣に再編して、包囲殲滅戦に突入している。その中を帝国軍の第七艦隊と第一九艦隊は退却し、一一三隻の分艦隊がしんがりとなって抵抗を続けていた。
「グランビル少将。悪いが、正面の敵は君に任せる。私はタイラーを追撃する」
 通信パネルを開いて、アルフリートは四四艦隊の司令官に頼んだ。
「了解した。こちらは俺にまかせとけ。おまえは心配せずにやってくれ」
 グランビルの返事を聞いて、四九艦隊は早急に戦場を離脱し、「バルディアスの門」に後退したタイラーを追った。必死で進路を塞ごうとするエンリーク・ソロの艦隊を、グランビルとの連携と素早い移動でかわし、一時間後、アルフリートは「バルディアスの門」を構成する「ウルド・ベルダンディ・スクルド」の三つの要塞を視界に捉えていた。

 宇宙を朱色の閃光がかけめぐった。現在、過去、未来の象徴が一瞬にして紅の炎に包まれ、時空を揺るがす震動がちっぽけな金属の箱舟を襲った。
「宇宙が燃えている!」
 アルフリートのもらした言葉は、それを自分の目に焼き付けた者にとっては、共通のものであったろう。
 ユークリッド・タイラーもエンリーク・ソロもファン・ラープもベルソリックも、その場に居合わせたすべての者が声を失った。
 宇宙標準暦一五六三年一月二二日、二○時二三分。数百年にわたって千年帝国を守ってきた「バルディアスの門」が消滅したのである。
 一瞬の出来事であった。三個の巨大な小惑星が突然出現し、ウルド、スクルド、ベルダンディの三要塞に同時に衝突したのだ。直径二○キロの小惑星が、要塞からの激しい攻撃をものともせずに前進し、タイラー艦隊の最後の攻撃さえ退けて、バルディアスを砕いたのだった。
 宇宙は感嘆と落胆、歓声と怒声に満ちあふれていた。
「すべてが終わった。いや、始まったのかも知れないな」
 わずか一○○隻の分艦隊を率いて必死の抵抗をしたエンリーク・ソロは、旗艦シリウスの艦橋でシートを倒して横になった。極度の緊張が続いていたために、五体すべてに疲労が溜まっていた。
「タイラー提督は無事に退却されただろうか?」
「大丈夫ですよ、大佐。先程、帝国方面に移動する艦隊のひかりを確認しました。タイラー閣下も、要塞のみんなも無事でしょう」
 シリウスの艦長が応えた。
「そうか、無事退却されたか」
 エンリークはほっと息をもらした。
「それでは、私たちも退却するとしますか」
「そうしよう。もう敵も追っては来ないだろう」
 応えて、エンリークの口元には笑いがこぼれた。予感がまたしても的中したことに苦笑したのである。
「アルフリート・クラインか……彼には歴史を創る使命があるのかもしれないな」
 エンリークは思うのだった。どのような苦境に陥っても、彼だけは生き残るのではないか。この世のだれも、彼に勝つことなどできないのではないかと。
「天が味方する者か」
 軍人が抱いてはいけない思考を、エンリーク・ソロはしていた。

 勝利した艦隊は、バルディアスの消滅した宙域に艦列を並べて、彼らの見たことのない遠い宇宙を傍観していた。任務を終えたベルソリック、グエンカラー、ブラゼッティの三提督が合流し、グランビル少将の四四艦隊と合わせて一三○○隻以上の艦艇が、集結している。若き司令官アルフリートは部隊運営の仕事を働き者?のファン・ラープ准将にまかせて、光輝く星の海に視線を投じて休んでいた。
「無限に広がる大宇宙か。人類の手足とは短いものだ」
 二千光年以上の海を渡って来たというのに、その距離は銀河の広さの五○分の一にも及ばないのだ。人間とは小さい存在である。
「いよいよ、千年帝国との本格的な戦いが始まるな」
 背後から声がして、アルフリートは振り向いた。
 そこには、四四艦隊の司令官グランビル少将が笑顔を見せて立っていた。
「『バルディアスの門』を陥としたのだから、当然だろう」
「人類の覇権をかけた戦いが始まるんだぞ」
 グランビルは次に来るだろう戦いに、早くも熱いものを抱いている。
 だが、アルフリートはグランビルほどには熱くなれなかった。
「俺には関係ないことさ」
 アルフリートのエメラルドグリーンの瞳は遠くを見ていた。
 千年帝国を倒し、主君アスラール三世を倒し、そして失われた人類の歴史を取り戻す。それが、彼の求めるものだった。死んでいった父ジークフリードの意志、天が彼に与えた使命、それは、まだ遥か彼方の夢であった。 しかし、彼にはそんなことを考えている余裕は残っていなかった。
「それよりも、今は休ませてくれ。この戦いは、いささか疲れた」
 アルフリートは友人に片手をあげて、自分の私室へと下がっていった。




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